人間の「奥深い心境」

2023年6月5日
 
今回ご紹介する掛軸は「白雲抱幽石」。朝比奈宗源老師による書です。
読みくだすと「白雲幽石を抱く」(はくうん ゆうせきをいだく)
夏の大空にもくもくと、入道雲のような白い雲がたちこめ、ごつごつとした岩山をおおい、
まるで雲に抱かれているようだ。
私はいつもこんな情景を思い描いてきましたが、
もとを紐解けば、中国の詩人・謝霊運(しゃれいうん)※の「過始寧墅」(しねいのしょを よぎる)という詩の一文です。高級官僚であった謝霊運が都での不遇から左遷となり、故郷である「始寧」の別荘にて詠んだとされ、
一部抜粋、解釈すると、

白雲抱幽石 緑篠媚清漣(りょくじょは せいれんに こびたり)

白い雲が山にたちこめ、かすかに見える岩を抱きかかえるように包み、
緑の篠竹は清らかな水面のさざ波に、しなを作るようになまめかしく揺れ動いている
この漢詩は、役人としてのやるせない現実や苦悩、心の葛藤を、厳しい故郷の自然に向かい吐露し、
やがて心の平静を得ていく様が描かれています。
さらに後年、「白雲抱幽石」をそのまま引用したものが、「寒山詩」※に登場します。
 
重巌我ト居(ちょうがんにわれぼっきょす) 鳥道絶人跡(ちょうどうじんせきをぜっす)
庭際何所有(ていさいなんのあるところぞ)  白雲抱幽石 
住茲凡幾年(ここにすむことおよそいくとし) 屡見春冬易 (しばしばしゅんとうのかわるをみる)
寄語鐘鼎家(ごをよすしょうていのいえ)  虚名定無益 (きょめいさだまらずえきなし)
 
ごつごつと岩山が連なる深山に、私は導かれ住まうこととなった。ここは鳥だけが通うような、
山中の険しい場所である。
庭先には何があるかといえば、白雲が深々とたちこめ岩を包み込んでいる。そんな静寂なところである。
ここに住むようになり、何十年になるだろう。春から冬へと移り変わる季節を、どれだけ見てきたことだろう。
ここでの暮らしは貧しいものだが、精神的には実に豊かで自由に満ち、楽しいものである。
豪奢な暮らしを送る人々に、ひと言申し上げるのであれば、
今の栄華は移ろいやすく、空虚なものであり、精神的には何の意味も持たない無益なものである。
ここでは、深山幽谷での自然の様子とともに、喧騒の世間を離れ俗事に執着しない、寒山の超然とした心境が詠まれています。
 
 
※謝霊運(385~433)…中国・南北朝時代を代表する詩人。自然描写に優れ、山水詩人と称される。
※寒山詩…唐の時代の隠者、禅僧としても伝わる寒山の詩を収録した詩集。
 
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人間の「奥深い心境」

2023年6月5日
 
今回ご紹介する掛軸は「白雲抱幽石」。朝比奈宗源老師による書です。
読みくだすと「白雲幽石を抱く」(はくうん ゆうせきをいだく)
夏の大空にもくもくと、入道雲のような白い雲がたちこめ、ごつごつとした岩山をおおい、
まるで雲に抱かれているようだ。
私はいつもこんな情景を思い描いてきましたが、
もとを紐解けば、中国の詩人・謝霊運(しゃれいうん)※の「過始寧墅」(しねいのしょを よぎる)という詩の一文です。高級官僚であった謝霊運が都での不遇から左遷となり、故郷である「始寧」の別荘にて詠んだとされ、
一部抜粋、解釈すると、

白雲抱幽石 
緑篠媚清漣(りょくじょは せいれんに こびたり)

白い雲が山にたちこめ、かすかに見える岩を抱きかかえるように包み、
緑の篠竹は清らかな水面のさざ波に、しなを作るようになまめかしく揺れ動いている
この漢詩は、役人としてのやるせない現実や苦悩、心の葛藤を、厳しい故郷の自然に向かい吐露し、
やがて心の平静を得ていく様が描かれています。
さらに後年、「白雲抱幽石」をそのまま引用したものが、「寒山詩」※に登場します。
 
重巌我ト居 (ちょうがんにわれぼっきょす)
鳥道絶人跡 (ちょうどうじんせきをぜっす)
庭際何所有 (ていさいなんのあるところぞ)
白雲抱幽石
住茲凡幾年 (ここにすむことおよそいくとし)
屡見春冬易 (しばしばしゅんとうのかわるをみる)
寄語鐘鼎家 (ごをよすしょうていのいえ)
虚名定無益 (きょめいさだまらずえきなし)
 
ごつごつと岩山が連なる深山に、私は導かれ住まうこととなった。ここは鳥だけが通うような、
山中の険しい場所である。
庭先には何があるかといえば、白雲が深々とたちこめ岩を包み込んでいる。そんな静寂なところである。
ここに住むようになり、何十年になるだろう。春から冬へと移り変わる季節を、どれだけ見てきたことだろう。
ここでの暮らしは貧しいものだが、精神的には実に豊かで自由に満ち、楽しいものである。
豪奢な暮らしを送る人々に、ひと言申し上げるのであれば、
今の栄華は移ろいやすく、空虚なものであり、精神的には何の意味も持たない無益なものである。
ここでは、深山幽谷での自然の様子とともに、喧騒の世間を離れ俗事に執着しない、寒山の超然とした心境が詠まれています。
 
 
※謝霊運(385~433)…中国・南北朝時代を代表する詩人。自然描写に優れ、山水詩人と称される。
※寒山詩…唐の時代の隠者、禅僧としても伝わる寒山の詩を収録した詩集。
 
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